出張先の大学に向けて車を一時間半ほど運転した。朝の渋滞を覚悟していたが、車の流れは一度もよどむ事なく、到着時には約束までまだ随分と時間があった。大学のキャンパスは周囲の街と境界が壁や柵でしきられておらず、小さな町がそのまま大学のような印象を与えた。
車を駐めて大学の周囲を散策することにした。季節は冬だが、青空が広がり、冷たい空気が凛とした気持ちのよい朝だった。今日はここで緊張の一日を過ごすことになるはずだが、その前に心を泳がせる猶予が少しだけ得られたことが嬉しかった。
5分ほど歩くと、一台の車が脇に停まり、運転席の窓から中年の女性が話しかけてきた。
「すみません、ここに一番近い高速道路の入り口には、どうやって行けばよいですか」
高速道路はさっき降りてきたばかりだから、入り口がどこにあるかは覚えていた。しかし、言葉で説明するにはやや複雑な道程で、また記憶にもそこまで自信が持てなかった。
「知っているんですが、説明するにはちょと手ごわくって、」
と言い訳をしながら考えを巡らすも、よいアイディアが出てこない。しかたがない、というか、知らない土地でのちょっとした冒険心が芽生えたというか、大した考えもなしに言葉が出てしまった。
「ぼくを車に乗せてくれたら案内します。先が分かるところにまで着いたら降ろしてもらえますか」
先方はいたく感激し、場所を教えてくれたらそのまま車でここに戻ってきてくれるという。時間はあるし、つかの間のドライブに付き合うことにした。
話しを聞くと、女性には高校生の息子がいて、一週間後の同じ日の同じ時間に、この大学の試験を受けるのだという。息子を車で送ってくるつもりだが、渋滞や道に迷うのが怖いので、時間を合わせて下見に来たのらしい。高速道路を使うパターンと使わないパターンの、両方を試してみるのだとういう。
さすがは受験大国、日本。日本の大学入試は、家族をも巻き込む一大イベントなんだな。。。
と、あなたは思いました?
じつは、これ、アメリカに住んでいた頃の出来事。米アイビー・リーグの名門校、ロードアイランド州にあるブラウン大学での思い出である。受験生を想う親の気持ちは世界共通なんだと、学ばされた。
今春、本学へ入学してくる学生たちも、悲喜こもごもの受験ドラマを、いま頃、体験しているのだろう。どんなドラマがあったのか、桜の咲く頃にきいてみたい気がする。
昨日の京都からの帰り、新幹線で受験用テキストを必死に勉強している姿を見つけ、15年ほど前の、ちょうどいま頃のロードアイランドでのことが、思い出された。