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ラボミーティングの内容

T村君のJCのまとめ

HDAC-regulated myomiRs control BAF60 variant exchange and direct the functional phenotype of fibro-adipogenic progenitors in dystrophic muscles

Saccone V, Consalvi S, Giordani L, Mozzetta C, Barozzi I, Sandoná M, Ryan T, Rojas-Muñoz A, Madaro L, Fasanaro P, Borsellino G, De Bardi M, Frigè G,Termanini A, Sun X, Rossant J, Bruneau BG, Mercola M, Minucci S, Puri PL.

Genes Dev. 2014 Apr 15;28(8):841-57.

今回のジャーナルクラブでは、骨格筋内の異所性脂肪の起源と考えられている間葉系前駆細胞FAPsの細胞の可塑性が変化したという非常に興味深い報告があったので紹介しました。

<FAPsとは?>
 皮下深部に蓄積する皮下脂肪、内臓の周りに蓄積する内臓脂肪に加えて、第3の脂肪として肝臓や骨格筋の組織内に蓄積する異所性脂肪が近年注目されており、これらは全身の肥満状態と関係なく(非肥満であっても)インスリン抵抗性を惹起することが明らかになってきました。骨格筋の異所性脂肪については「霜降り肉」を想像してもらえればよいと思います。このような現象は、生活習慣病と関係しているだけでなく、Duchenne型筋ジストロフィーや老化に伴う骨格筋萎縮(サルコぺニア)などの病態としても確認されています。これら骨格筋内脂肪の起源として、間葉系前駆細胞のFAPs (Fibro/adipogenic progenitor cells) が2010年に同定されました。[1][2] ここまでの話からするとFAPsは悪者であるかのように思われますが、決してそんなことはありません。筋の損傷時には、FAPsのadipogenesisが抑制され、筋サテライト細胞 (MuSCs) による筋再生を手助けしていることが明らかにされています[2]。 従って、正常な骨格筋内ではMuSCsによるmyogenesisとFAPsによるadipogenesisのバランスを保つ何らかの制御が働いているが、その破綻によって骨格筋内脂肪の蓄積がもたらされるのかもしれません。

<背景>
 筋ジストロフィーを研究している著者らのグループは、その治療薬の1つとして知られているHDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)阻害剤のトリコスタチンA (TSA) の作用機序を解明しようとしていました。筋ジストロフィーモデルのMdxマウスでは、骨格筋内における筋繊維の萎縮、脂肪の蓄積、コラーゲン繊維の増加が見られるが、TSAの投与によってこれらの病態が改善されることが知られています。しかしながら、老齢のMdxマウスには効果がないそうです。そこで著者らは、TSAを投与した老齢MdxマウスからFACSを用いてMuSCsとFAPsを別々に単離して解析を進めました。その結果、MuSCsのmyogenesisは依然亢進しているのに対し、FAPsのadipogenesisは抑制されないことが分かり [3]、このことが老齢MdxマウスにTSA投与が効かない原因ではないかと考え、著者らはFAPsに対するTSAの作用機序に注目することになります。(結局、今回紹介する論文でも老齢MdxマウスにTSAが効かない理由は明らかにはなりませんでしたが。)

<論文の内容>
 TSAを投与した若いMdxマウスから単離したFAPsを脂肪細胞用の分化培地で培養したところ、adipogenesisが抑制される一方で、myogenesisが促進されてmyotubeの形成が確認されました(老齢Mdxマウスでは確認されませんでした)。これまでの報告からは、FAPs自身がmyogenesisを起こすことは確認されておらず、細胞の可塑性が変化するという非常に興味深い現象が観察されました。
 そこでマイクロアレイを用いてTSA投与によるFAPs内の遺伝子発現変化を解析したところ、骨格筋関連遺伝子の顕著な発現増加が見られました。さらに、TSAはHDAC阻害剤であることがら、クロマチン構造のリモデリングが生じている可能性が予想されました。そこで、クロマチン構造から露出したDNA領域をゲノムワイドに解析するNA-seq (Nuclease accessibility-sequencing) の結果をアレイの結果と合わせて解析することで、myogenesisに特に重要なMyoDとSmarcd3の遺伝子座がクロマチン構造から露出し、mRNAレベルでの発現量の増加がもたらされていることを示しました。
 一方で、クロマチン構造から露出したゲノム領域の95%以上はmRNAの転写調節領域とは関連の低い部分であったことから、次にnon-coding RNAの発現変化の可能性を疑い、small RNA-seqを行いました。また、Smarcd3から発現するタンパク質BAF60Cはクロマチン構造変換因子SWI/SNF複合体を構成する1因子であり、MyoDと協働して骨格筋関連遺伝子群の転写を正に調節し、逆にそのアイソフォームのBAF60A, Bは抑制方向に働くことが知られています。そこでBAF60A,B,Cの翻訳制御に関わるmicroRNAをハイスループットスクリーニング解析によって探索しました。以上2つの解析から3種類のmicroRNA (miR-1-2, miR-133a,miR-206, 総称してMyomiRs) に注目します。
 最後に、これらの因子のノックダウン、過剰発現の実験から若いMdxマウスにTSAを投与すると、FAPsではMyoD, BAF60C (Smarcd3) の発現が誘導されmyogenesisが進行し、同時にMyomiRsの発現誘導を通じてBAF60A,Bの翻訳を阻害することでagipogenesisを抑制していることが明らかになりました。さらに、cardiotoxinで筋損傷を起こさせた野生型マウスでも同様の現象が確認されました。
T村君のJCのまとめ_b0136535_971816.jpg

 加えて、Transwellを用いたMuSCsとFAPsの共培養の実験から、TSA処理したFAPsは自身がmyogenesisを起こすだけでなく、何等かの液性因子を介してMuSCsの分化も促進させることが示唆されました。従って、TSA処理によってmyogenesisを起こしたFAPsが実際に生体内で筋管に融合しうるのかについてはデータがないので分かりませんが、これまでの結果から骨格筋の修復におけるTSAの働きが明らかになりました。

<まとめ>
 筋ジストロフィーに対するTSAの作用機序を明らかにした点は臨床の観点からも意義のあることですが、個人的にはやはりFAPsの可塑性が変化してしまうという点がおもしろいと思います。もちろん、Mdxマウスや筋損傷を起こした野生型マウスにTSAを投与した場合にのみFAPsのmyogenesisは観察され、野生型の(健常の)マウスにTSAを投与しても起こらないので、限定された環境下での薬剤投与による特殊な現象であることには確かです。Mdxマウスは筋細胞膜が壊れやすい状態にあるので慢性的な細胞障害が生じているとすると、炎症によるストレス応答性のエピジェネティックなリプログラミング作用が、HDAC inhibitor (TSA) と協働することでFAPsの可塑性を変化させたのかもしれません。最近どこかで聞いたような話に似ていますね・・・。健常者の骨格筋内で自然にFAPsがmyogenesisを起こしうるとは考えにくいとは思いますが、ガンガン運動して骨格筋にストレスをかけ続けるような場合には、もしかすると骨格筋内に定着している体性幹細胞やその他未分化の前駆細胞の可塑性が変化していたりするのかもしれません。

<参考文献>
[1] Uezumi et al., (2010) Nature Cell Biol.
[2] Joe et al., (2010) Nature Cell Biol.
[3] Mozzetta et al., (2013) EMBO Mol. Med.
by Fujii-group | 2014-07-09 09:08 | ラボミーティングの内容 | Comments(0)

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